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静岡地方裁判所 昭和44年(ワ)315号 判決

原告

青木波子

被告

株式会社ダイコウ

主文

被告は、原告に対し金九七九、五九二円およびうち金九三二、九四五円に対する昭和四四年八月一日から右支払い済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一、九二二、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年八月一日から右支払い済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

一、(交通事故の発生)

昭和四四年一月一六日午後六時一五分頃静岡市鷹匠町三丁目六番地先道路上において、被告保有の普通自動車(八静岡う九二〇二号)を同社従業員加藤義勝が運転して北進中、自転車に乗つて同方向に進行中の訴外亡伊久美源一に衝突させ、因つて同人を死亡するにいたらせた。

二、(被告の責任)

被告は、当時右自動車を自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条により右交通事故により生じた損害を賠償する責任がある。

三、(原告と被害者との関係)

原告は、昭和三五年一月より訴外亡伊久美源一の内縁の妻として同人と共同生活を営み、婚姻の届出こそしなかつたが、現在まで九年もの長期間にわたり同人の収入によつて生計を維持する一方家事全般を取りしきつて実質的な婚姻関係にあつた。

四、(原告が受けた損害額)

(一)  扶養期待権侵害による損害

本件事故当時、右伊久美源一は明治三四年三月一〇日生れの六八歳の健康な男子であり、光電設株式会社の取締役社長として同社の経営に当つていたほか、藤枝市議会議長として市政の要職にあり、光電設社長として月額六二、〇〇〇円、藤枝市議会議員として議長手当を含め月額五〇、〇〇〇円を得ていたもので、会社社長として今後なお少くとも五年間は稼働が可能であり、藤枝市議会議員としても昭和四五年四月までなお一年四ケ月の存任期間が残されていた。

ところで、原告は、亡源一の内縁の妻として同人の収入により生活を維持してきたところ、前記交通事故により一瞬にして生活の途を失つてしまつた。原告は、右源一生存当時市議会議員の収入は総てこれを同人の自由な支出に任せ、前記光電設株式会社よりの収入を生計費に当てていたのであつて、右源一が一家の柱として稼働していた事実を考慮しても、原告は少くとも右光電設株式会社よりの収入の四割に当る二四、八〇〇円の生活費の支給が期待されたのであるが、前記交通事故により右扶養期待権を失つた。しかしながら、原告は、右源一の遺族として地方公務員等共済組合法により年額八九、六〇〇円の年金の支給を受けているので、これを控除した年額二〇八、〇〇〇円の五年分計一、〇四〇、〇〇〇円につきホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して一時払額に換算した金八三二、〇〇〇円が右扶養期待権侵害による損害となる。

(二)  慰藉料

原告は、前記のように配偶者である伊久美源一を失つたのであるから、同人の死亡による慰藉料としては金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  弁護士費用

本件事故による損害賠償請求訴訟につき原告は弁護士城田富雄、同高山幸夫を訴訟代理人として委任しその費用として九〇、〇〇〇円を支払うことを約した。

五、よつて、原告は、被告に対し以上合計金一、九二二、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四四年八月一日から右支払い済みにいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として「請求の原因第一項の事実は認める。同第二項の事実のうら、被告が右自動車を自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。同第三項は否認する。原告は亡源一の妾、ないし二号の関係にあつたに過ぎない。同第四項の事実は知らない。」と述べ、抗弁としてつぎのように述べた。

一、本件事故は、亡源一の一方的過失に基因するもので訴外加藤義勝の運転には何ら過失がなかつた。すなわち、亡源一はきわめて交通量の多い道路を酒に酔つて自転車を運転し、自分の経営する光電設株式会社に帰ろうとして右加藤の運転する被告車両の直前で突然右折の挙に出たため、右加藤はこれを避けることができなかつたものである。

被告車両には、機能上の障害もなく、構造上の欠陥もなかつた。

二、仮りに、右加藤の運転に過失があつたとしても、原告側すなわち亡源一の過失がきわめて大きいので過失相殺を主張する。」

原告訴訟代理人は、右抗弁に対し「第一項前段の事実は否認する。同項後段の事実は不知。第二項の事実は否認する。」と答えた。

〔証拠関係略〕

理由

一、請求の原因第一項の事実および被告が当時右被告車両を自己のため運行の用に供していたことは、当事者間に争いのないところである。

二、被告の主張する免責の抗弁について判断する。

被告は、右交通事故は被害者訴外亡伊久美源一の一方的過失に基因し、被告車両の運転者訴外加藤義勝には何ら過失がない旨主張するので、まずこの点について考えるのに、〔証拠略〕によれば、当時右加藤運転手は時速四〇キロメートル位の速度で進行中、その前方左側を自転車に乗つて先行中の右伊久美源一が突然右折の挙に出てきたのを六・八メートル位手前で発見したため急停車の措置が間に合わず被告車両の左前部を右源一に衝突させるにいたつたことが窺われるけれども、一方前掲各証拠によつても、右加藤運転手は事故現場付近に差しかかつた際左前方二一・五メートル位の道路左側端寄り一・一メートル位のところを被害者が自転車で進行しており、また前方四一メートル位のところを歩行者が横断しているのを発見しながら、右道路の幅員はそれ程広くなく(道路片側部分の幅員五メートル位)、当時夜間で暗く、車両の交通量もかなり多かつたのであるから、直ちに減速してセンターライン寄りに自車をよせ右自転車との間に充分間隔をとつてその動静に注視しながら進行すべきであつたのに、右横断中の歩行者のみに気をとられて漫然前記速度のまましかも道路左側部分の中心部付近を進行したため、右自転車の右折してくるのを発見するのが遅きに失した結果右衝突事故を惹起したのではないかという疑いを払拭することができないから、この点において右加藤運転手が無過失であつたものと認めるわけにはいかない。

そうすると、その他の免責事由について判断するまでもなく、被告の前記抗弁は理由がないものといわざるを得ない。

三、〔証拠略〕を総合すると、亡伊久美源一は明治三四年三月一〇日生れの男子であるが、昭和三三年二月二日に妻を亡くしてのち寡夫であつたところ、昭和三五年頃先夫を一五年位前に亡くし藤枝市内で芸者をしていた明治四〇年生れの原告と知り合い、昭和三六年七月頃両名の知己、友人らを招待して披露宴をしたのち、藤枝市内で同棲生活をはじめ、昭和三七年に右源一が経営していた静岡市内の光電設株式会社内に移転し、そこで前記事故当時まで事実上の夫婦として共同生活をしていたこと、もつとも右源一は藤枝市会議員でもあつたので形式上の住所は藤枝市市部三七〇番地の従前の居宅に置いていたが、同所にはその長男の訴外伊久美源次がその家族と住んでおり、右源一は通常は殆んど右静岡市内で原告と起居を共にしており、右源次方には年に数回位出向く程度であつたことが認められ、証人伊久美源次の証言中右認定とくい違う部分は前掲各証拠に対比してたやすく信用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、前記事故車両の保有者である被告は、その運行中に惹起した右源一の死亡事故につき右源一の事実上の妻である原告が蒙つた損害を賠償する義務があるものと解するのが相当である。

四、損害額

(扶養期待権の喪失)

〔証拠略〕を総合すると、右源一は、当時前記光電設株式会社の社長として月額六二、〇〇〇円、前記藤枝市議会議員として月額五〇、〇〇〇円の報酬を得ており、そのうちから毎月六〇、〇〇〇円を生活費として原告に渡していたことが認められるから、経験則上そのうち少くとも四割に当る二四、〇〇〇円相当額が原告の生活費に充てられたものと推測でき、なお、右源一の平均余命年数、健康状態、前記職業の態様等に照らし、本件事故がなかつたならば、原告の主張する向後五年間は少くとも右程度の生活費を原告に差入れることができたものと推測できるから、結局原告は、右源一の死亡によりその生活費として向後五年間毎月二四、〇〇〇円ずつ支払われたであろう扶養期待権を喪つたものといい得る。けれども、原告は地方公務員等共済組合法により右源一の遺族として年額八九、六〇〇円の年金を支給されている旨自陳するので、これを控除すると原告の右扶養期待権喪失による損害額は年間一九八、四〇〇円の五年間分となるので、これをホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の一時払額に換算すると

198,400円×(利率5%、期数5の単利年金現価率)=198,400円×4・36437041=865,891円

なる算式により金八六五、八九一円となることが計算上明らかである。

しかしながら、前記二、に認定の事実によると、被害者である右源一においても、後方からくる被告車両の通過を待つて安全を確認してから右折の挙に出るべき注意義務を怠つたものと推測し得るので、この点の過失を斟酌すると、被告の賠償すべき金額は右金額の五割に当る金四三二、九四五円に止めるのが相当である。

(慰藉料)

〔証拠略〕を総合すると、原告は、亡源一と平和な夫婦生活を送つていたのに、本件事故により一瞬のうちに頼りにしていた配偶者を失い、先夫との間の養子二人はいずれも他に住込で働いていて頼りにならず、余生を淋しく独りで過さなくてはならない境遇に陥つたもので、その精神的苦痛は甚大であることが認められ、右精神的損害に対する慰藉料としては、前記被害者の過失その他一切の事情を考慮に入れ、金五〇〇、〇〇〇円が相当であると思料する。

(弁護士費用)

〔証拠略〕によると、原告は被告に対し右損害賠償を請求するため弁護士城田富雄、同高山幸夫に訴訟行為を委任し、その報酬として勝訴額の少くとも一割に当る金員を支払うことを約していることが認められる。右金額、すなわち、金九三、二九四円の債務負担は、本件事故と相当因果関係の範囲に属する損害と解するのが相当であるが、前記被害者の過失を斟酌すると、被告に対してはその五割に当る金四六、六四七円の賠償を命ずるのが相当である。

五、以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、合計金九七九、五九二円および弁護士費用を除く金九三二、九四五円に対する本件不法行為の日の後である昭和四四年八月一日から右支払い済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべく、その余は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

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